多くのビジネスが転換期を迎えた2020年。新規顧客の獲得に困難を抱える中、既存顧客のLTV最大化に向けた取り組みを行う「カスタマーサクセス」への注目は、ますます高まりを見せるようになりました。
そんなカスタマーサクセスを実践するSaaSベンダー3社が集い、2021年1月20にオンラインセミナーを開催。
「ビジネス成長のカギはカスタマーサクセスにあり ~実践企業が語る成果創出の秘訣~」と題し、カスタマーサクセスにまつわる様々な知見を披露しました。本稿では3社によるクロストークを中心に、セミナーの模様をお届けします。
なぜカスタマーサクセスが必要なのか
冒頭、株式会社SmartHR カスタマーサクセスグループ マネージャー 稲船 祐介氏より、カスタマーサクセスが注目される背景について、次のような解説がありました。
「サブスクリプションモデルのような継続利用を前提としたビジネスモデルが普及してきたことが大きいです。サブスクリプションモデルの収益構造を見てみると、顧客獲得コストを回収するまでに赤字の期間が長く発生することがわかります。弊社の場合、契約更新のタイミングが2回きてやっと黒字化が始まります。だからこそカスタマーサクセスを通じて、顧客に提供する『サービス価値の最大化』とともに、クロスセル・アップセルなどによる『LTVの最大化』を同時に実現することが、とても重要になっているのです。」(稲舟氏)
そのため、カスタマーサクセスがやるべきことは、「顧客の継続利用につながること」となりますし、中長期的な目標に重きを置きながら施策を実行していくことになります。
こうした前提を踏まえた上で、ここからは株式会社マツリカ revenue統括本部長 丸山 隼平と、アドビ株式会社 カスタマーサクセスマネージャー 中島 郁氏がモデレーターとして加わったパネルセッションの内容に移っていきましょう。
中島氏:カスタマーサクセスに関する質問でよくいただくのがKGIとKPIです。お二人の組織では、どのようにKGIを据えていますか?
稲舟氏:SmartHRのカスタマーサクセスのKGIは「リテンションレート(継続率)」です。だいたいどの企業も同じかと思いますが、逆に解約を重視して、「チャーンレート(解約率)」をKGIにされている企業もあるかもしれません。そして、もうひとつKGIとして設定しているのが「NRR(Net Revenue Retention)」です。この指標では、既存のお客様からの売上が前年度からどの程度増減しているかを測っています。
中島氏:NRRをKGIとして置いているということは、継続率だけでなく、アップセルやクロスセルに関してもカスタマーサクセスチームが責任を負っているのでしょうか?
稲舟氏:そうです。とはいえ、個人が売上目標を持っているわけではなくて、チーム全体で売上増加に寄与する活動を行なっているイメージです。
中島氏:なるほど。丸山様はいかがですか。
丸山氏:マツリカのKGIは、解約率から新規顧客獲得率を引いた「ネットチャーンレート」を置いています。ただ、たとえば年間契約のように契約期間が決まっているサービスでは、更新タイミングはコントロールできないところではありますし、このKGIは今の活動がすぐに反映される指標ではありません。そのため、組織としては、営業と同じように、更新商談の受注日や解約日ベースの受注額を先行指標として別で持つようにしています。
中島氏:確かに、アドビも基本的には契約の継続率をKGIとして置いてはいますが、解約や更新の意思決定には、それまでの長期的な活動が影響を与えているわけですから、先行指標として、カスタマーサクセスの担当者が日頃どこで汗をかいているのかを見える化しておく必要があると思います。
カスタマーサクセスのKPIとは?
中島氏:では、KGIに至る前の指標であるKPIについてはいかがでしょうか。
丸山氏:ひとつは、ヘルススコアのような形で、プロダクトの利用状況の中でも重要なアクティビティを指数化したものを見ています。ある数値が下がると使われなくなる傾向にあるが、別の数値が上がると利用度合いが高まっているなど、複数の数値を組み合わせながら施策に落とし込んでいます。
中島氏:使用ログをキーにして、アクションの優先順位や提供するコンテンツなどを決めていらっしゃるということですね。稲舟様はいかがですか?
稲舟氏:担当領域によってKPIはたくさんあり、また、適宜変えたりもしているので、お答えするのが難しい質問ですね。ただ、過去に、カスタマーサクセスの活動をマッピングしてみて、何がKGIに作用しているのかを分析したことがあります。例えば、オンボーディングが完了していないと解約につながるとわかったとしたら、次に「オンボーディングに必要なコンテンツがどのくらいみられているか」「コンテンツの活用度がどのくらい必要なのか」といった要素を紐づけていきます。そうやって分析していった結果、見るべき指標がたくさんあることがわかってきました。その結果をベースに、今期足りていないところや来期に向けてやらなければならないことを数値目標に置いて、各チームが施策を行なっていくようにしています。
丸山氏:オンボーディングに関して伺いたいのですが、どこまで進むとオンボーディングが完了したとみなしていますか?継続利用に向けてオンボーディングの完了地点を深いところに置いてしまうと、オンボーディングに時間がかかりすぎてしまう問題があるのではないでしょうか。
稲舟氏:これが正解というわけではないと思いますが、プロダクトが若いときはオンボーディングの完了地点は深いところに置いていました。しかし、顧客数が増えるにつれ、次第にリソース的に難しくなってきたために、オンボーディングは簡素化していったという経緯があります。そのため、今のオンボーディングの完了は、機能を使い始める最初のステップを乗り越えたところに置いています。それ以降はオンボーディングと切り分けて、活用フェーズとしました。他方、機能追加によって発生するオプションのオンボーディングに関してはまだ型化ができていないため、かなり深いところに完了ポイントを置いています。
中島氏:お客様が少ないうちは深いところまで入って手厚くサポートして、勘所がわかったところから次第に型化していくことが大切なんですね。それでは、ヘルススコアはどのように見ていらっしゃいますか?
稲舟氏:機能ごとの活用データを取っていて、それをスコアリングしたものをSalesforceで見られるようにしています。そのスコアリングをもとに、「あるスコアが低いお客様だけを抽出して、特定の施策でアプローチする」といったことをしています。とはいえ、ヘルススコアに依存しているわけではなくて、ヘルススコアが悪化したからといって、すぐに決まったアクションを行うような固定されたプロセスはありません。ヘルススコアが悪くても問題ないお客様もいますし、ヘルススコアが良くても継続に問題を抱えているお客様もいらっしゃいます。ヘルススコア単体で見るのではなく、カスタマーサクセス担当者が持ち帰る定性情報も組み合わせながら、最適な施策を行うようにしています。
カスタマーサクセスが果たすべき役割とは?
中島氏:次に、営業とカスタマーサクセスでどのような役割分担になっているか、教えてください。
稲舟氏:弊社は“THE MODEL”をカスタマイズしているので、あの分業型の図を思い浮かべてもらえるとわかりやすいのですが、営業とカスタマーサクセスの役割は、受注前と受注後できれいに分かれています。また、既存顧客に対する営業活動はカスタマーセールス(既存顧客向け営業)が行なっているので、アップセルやクロスセルの際はカスタマーサクセスから引き渡すようにしています。弊社のカスタマーサクセスはお客様とお金の話はしないのが特徴ですね。
丸山氏:フィールドセールスからカスタマーセールスに引き渡すこともありますか?
稲舟氏:規模によります。企業規模がすごく大きい場合は、最初に契約した営業がずっとついていくので、アップセル・クロスセルの商談も新規担当のフィールドセールスが引き続き行います。中規模以下の場合は、カスタマーセールスに引き継ぎます。
丸山氏:なぜそのような体制になったのですか?
稲舟氏:プロダクトの提供開始当初はアップセルする商材がなかったこともあり、オプションができてアップセルできるようになった当初はカスタマーサクセスがカスタマーセールスの役割を兼任していました。そうすると、カスタマーサクセスのリソースが営業活動によって枯渇していったんです。それに、カスタマーサクセスは商談が得意なわけではないので、決定率がさほど高くはない。これらの2つの理由から、カスタマーサクセスとは別にカスタマーセールスを立ち上げて、両者の役割を明確に切り分けた、という経緯があります。
丸山氏:なるほど。私どもも基本的には、初回契約まではフィールドセールスが担当して、利用開始時点からカスタマーサクセスに引き渡すようになっています。ただ、大きな企業でスモールスタートするような場合は、フィールドセールスがそのままカスタマーサクセスも担っています。
中島氏:2社様ともカスタマーサクセスはカスタマーのサクセスに重きを置いている点は共通していますね。ちなみに弊社は、新規でご契約いただいた後も、引き続き担当営業としてついたままです。その後、3ヶ月の導入支援コンサルティングが終わってからカスタマーサクセスが合流して、そこからは営業とカスタマーサクセスが二人三脚でお客様をフォローさせていただく体制になっています。
次に、カスタマーサクセスで、どんなツールを利用しているのか、お聞かせください。
丸山氏:弊社が提供している営業支援ツールMazrica Salesに尽きます。カスタマーサクセスとしては、複数のツールを見ないと顧客情報を見られない状態はつらいので、Mazrica Salesだけ見ていれば、次に何をすればいいのかわかるようにしています。
稲舟氏:弊社はツールに対して積極的に投資をするので、数はとても多いです。カスタマーサクセスで使っているものだけでも30くらいはあると思います。一例を挙げると、顧客管理はSalesforceで、請求管理はZuora、顧客向けのメール配信はMarketo Engage、アンケートはSurvey Monkeyといった感じですね。
中島氏:30ものツールを使っていらっしゃる稲舟様に伺いたいです。「どのタイミングでこんなツールが必要だった」など、ツールを選定してきた際のポイントを教えていただけますか?
稲舟氏:事業をどんどんスケールさせていく中で、効率を考えた際の「人とテクノロジーのバランス」ですね。スケールに耐え得るカスタマーサクセスを実現するためにツールを選んできたということです。海外のSaaSを使うとオンボーディングの学びも得られるという副次効果もあります。
中島氏:「より少ない人数で、より広くのお客様に、均質化された顧客体験を提供するために、ツールの力を使う」というのは、非常に重要なポイントですね。本日は誠にありがとうございました。
登壇者紹介 :
株式会社SmartHR カスタマーサクセスグループ マネージャー
稲船 祐介氏
大学卒業後、給与計算ソフトや院内物流システムのUI開発に従事。その後、ウェブディレクターとして大手クライアントのウェブサイト制作やスマートフォンアプリケーション開発のディレクションを担当。
2012年より企業のWebマーケティングを支援するSaaSプロダクトのPMやカスタマーサクセスチーム立ち上げを経験したのち、2019年1月に株式会社SmartHRへ入社。2020年1月よりカスタマーサクセスグループのマネジメントを担当。
アドビ株式会社 カスタマーサクセスマネージャー
中島 郁氏
前職では外資系ERPベンダーにて外勤営業としてERPを中心とした提案活動に従事。同時期にMA提案にも関わる。
2016年より、インサイドセールス初期メンバーとしてマルケトにジョインし、組織、プロセス構築に関わる。その後、中堅中小規模領域のチームリーダー、大手企業担当を経て、現在は既存顧客の成功支援をミッションとするカスタマーサクセスチームに所属。
株式会社マツリカ revenue統括本部長
丸山 隼平
慶應義塾大学 総合政策学部卒業後、リクルートグループにおいて、営業、営業企画、営業統括、代理店統括、マーケティング、経営企画をマネージャー、マーケティングディレクターとして歴任。新営業拠点の立ち上げ4回、新営業形態の企画・推進といったマーケットに応じた営業組織作りを経験(MVP・MVS・MVG・MVM受賞)。
現在は株式会社マツリカにて、revenue統括本部長として、マーケティング、インサイドセールス、セールス、カスタマーサクセスの4部門を統括する。
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